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眠くなるまで独り言。   Leave a comment

明日は仕事でもうそろそろ眠らなければいけないんですが。
色々思うこともあり眠れません。
あと三十分ぐらいすれば眠れるでしょうか。
なので、眠くなるまで独り言。

 まず、最近頭を離れないのが「死んだらどうなってしまうのか?」
色々な人が色々なことを言いますが「無」に還えるのも嫌だし、転生するとしても「畜生道」もイヤ。
だからって人間に生まれ変われたとしても貧困にあえぎのたうち回って苦しみのうちに死ぬのはごめんだ。
先の「畜生道」とはいえペットに生まれ変わって心豊かな家庭に引き取られて幸せのうちに天寿を全うする方がまだいいかも。
他にもまだ見ぬ宇宙人とか未知の生物に生まれ変わってしまう可能性もあるわけでして。

 前述の概念は「輪廻転生」という考え方な訳で。
ただ、この理論だと天国と地獄・魂という概念に多少問題が起きると思うのです。
例えば悪いことをして地獄に行ったとして、さてその先はなんでしょう?
よい行いをして天国にいって幸福に包まれたとしても地上の「地獄」に戻りたいでしょうか?
つまり、魂はいくつまで許容されるのかと言う話です。
いずれ出てくるにしろ天国や地獄にトラップされ続け、実世界の魂は一時的に枯渇するんじゃないか?
その数は無限、でも良いんですけど輪廻転生理論ですと必然的に宇宙内に存在する物質の数、「実数」と言うことになるわけです。

 どれぐらいの間隔で転生するのかも気になります。
ご先祖様はいずれ誰かに転生すると言うことは「お彼岸」に帰ってくる魂が無くなるわけですよね?
地獄の釜の蓋も開いて仮出所もできるでしょうけど、天国にいる人の方が転生サイクルが早いと仮定すれば大いにありうるのではないか。
行事そのものに対する必要性が揺らぐ結論になります。まさか生きてる人の魂を抜くわけにもいかないでしょうし。
つまり、恐山にいるイタコさんも失業の危険にさらされてしまうわけです。呼び出す魂がいないのだから。

 次に無に帰るという考え方。
これだと土から生まれてまた土に還元されるという物質的な考え方です。
見も蓋もないロマンの欠片もない考え方なので自分は嫌いですが。
これだと非常に合理的「科学的」な考え方ではあるけれど、人々の不満を吸収したり不満を和らげたりすることはできません。
結局「どんなに頑張っても結局は無」になってしまうからです。

 ただ、輪廻転生論と無の論では平等を説いているわけです。
輪廻転生では、悪いことをして来た人は地獄に落ちて苦しみ良い行いをした人は天国では幸せに暮らし転生を待つと言う「不満や格差」を巧妙に隠蔽しバランスさせた論理と言うことになります。
魂はなくて無に還える論だと、富める者も貧しい者も等しく無に帰るので結局は皆平等に死ぬ。故にどんなにあがいても万人は平等であると言う論理。
実際にはもっと複雑で両者が複合的に組み合わされて宗教的価値観に基づいて都合良く再構成されています。

 イスラム教なんて最も「ヒデェwwww」と言える極端な宗教観に基づいているかも知れません。
「聖戦」と叫んで人を殺せば天国に召されて永遠の処女(ロリ)がお出迎えと言うぶっとび設定です。
まぁ宗教なんて為政者の道具ですからどうでもいいんですが、「あれ?女だったら処女の意味、ナイヨネーwwww」的な。まさかの百合ですお。
女性にも「永遠の童貞」を設定・・・・腹抱えて笑いそうです。
その辺の解釈、是非聞いてみたいもんです。

 だらだら書き綴ってしまいましたが、やっぱり生まれ変わるならより幸せになりたいわけで。
生まれ変わっても同じ母親から生まれたいわけで。同じとーちゃん・・・はべつにいいや。
天国で迎えてくれるなら永遠の処女なんつー気持ちの悪い代物より彼女さんの方が良いわけで。
またごんた(ミニチュアダックスフント♂チョーカワイイ)と過ごしたいわけで。

すげぇ、ここまで書いたらまさかの一時間が経ってしまいました。
文章を書くと言うのは時間がかかるものですねぇ。
でも、長時間のタイピングでもタブレットサイコーっすよ(^q^)

それではみなさんおやすみなさい。

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