「子育て」カテゴリーのアーカイブ

1才からのレンジでケーキセット   Leave a comment

なるものを買ってきた初物ですこんにちは。

ちゃんと仕事してますよ本当ですよ。

娘が1歳になるので、その記念にと思ってベビザラスで買いました。

https://www.toysrus.co.jp/s/dsg-399527500

嫁に手伝ってもらいながら娘のために頑張りました!

牛乳でスポンジケーキの素を溶いて、レンジでチン。

その間にこれまた牛乳でホイップクリームの素を攪拌。

これが結構手間で手首が引き攣ったり腕がこわばったりして苦労しました。

3~4分程度しか攪拌しておりませんが、自らの運動不足が堪えます。

そしていざ出来上がり!

本邦初公開!

初物製お誕生日ケーキだッ

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こんな感じで出来上がりました。

まぁ、ケーキのプロが作ったものと愛情だけで頑張った徒手空拳を比べるべくもないですが・・・。

娘はちょびっとだけ舐めてくれました。

以上ッ

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気仙沼大橋に行ってきました。   Leave a comment

一ヶ月ぐらい前なのだけれども。

NHKでも特集されたように良い橋でした。

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全鉄骨構造で中々の高さ。

近くには気仙沼湾横断橋なんかも建設されてどうなっちゃうの気仙沼。

まぁツーリングスポットが増えるのは良い事。

閑話休題。

うちの娘がもうすぐ一歳を迎えます。

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こんなんだったのが↑

こうなって↓

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↓こうなりました。

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一年間頑張ってくれてありがとう。

これからもずっと一緒だよと孫はまだかと考えている今日この頃。

この子が二十歳になったら俺60だよぉぉぉおおぉおおおおおおおッ

あと一ヶ月で満一歳。   Leave a comment

うちの娘なんですけどね。

妊娠がわかったのは妻の誕生日ぐらいのときでしょうか。

仕事から帰ってきたら話したいことがある、と言われたので、ついにうちにも子供が来てくれたのだと直感しました。

妻がトイレから持ってきたのはもちろん妊娠検査薬。予想通りだったのであまり反応に変化の無い私に妻は少々不満だったようです。

もちろん喜んではいましたし、とても喜んだのですが表情とは難しいモノです。

それからしばらく岩沼の鈴木病院という小児科のある大きな病院にお世話になりました。

定期受診を受けて超音波の写真を見せられては男かな女かな、名前どうしよう、家の近くにいられるように仕事転職しなくちゃとかいろいろ考えました。

ハネムーンには連れて行ってあげられなかったので山形の露天風呂付客室のある旅館に「妊娠祝い」の一泊旅行もしました。

いるかどうかも分からない育児グッズを買い漁り、妻から顰蹙を買いました。

娘の顔が4D超音波検査でもおぼろげながら見えてきた6月、妻は産休に入りました。

妻は働いていたので産休を申請したのですが、産休手当に必要な勤めていた老健施設の勤務期間が足らず、産休中の手当てはもらえませんでした(後から分かったので二人でがっかりしました)

車での帰省でしたが妻は一人で運転していったので、絶えず電話をしたり休憩時にはSMSで状況を教えてもらったりと気が気ではありませんでした。

それから数日。

急転直下というモノはやっぱり急転直下なモノで悪い知らせは突然でした。

出来立てピカピカの気仙沼公立病院で初めての健診を受けたところ、娘の胎盤の位置が悪く尚且つ成長曲線にやや遅れがみられると言う事。

妊娠による高血圧のため、娘が危険であると言う事。

外にでもギリギリ大丈夫な週数であることと、これ以上おなかの中にいてもいいことは無いと言う事。

結論から言うと緊急で帝王切開による出産です。

頭は真っ白になりました。当然自然分娩でうぎゃーとか聞かされるものだと思っていました。

鈴木病院では何事も無かったのに。

なにがだめだったのかあれだったかなこれだったかな、もうちょっと薬とかも口酸っぱく言っとけばよかったのかなとか。

一刻を争うとのことで、説明を受けたその日のうちに緊急搬送されることになりました。

その日は風が強く、風が強ければヘリコプターは飛べないので救急車で搬送となりますと説明を受けていました。

気象を見る限り正直なところヘリコプターはやめて欲しいなぁ・・・と思っていたら、ヘリで行くことになりました。

パイロットには頑張って欲しくなかったような頑張って欲しかったような。結果オーライでしたが生きた心地はしませんでした。

搬送の準備が整ったので荷物を取りに嫁の実家に戻りました。

荷物を積んで三陸道をひた走り、桃生に届くか否かという処で妻から病院についたとの連絡が。

妻と別れて一時間経ってないのに。

妻はNICUのある仙台赤十字病院に収容されました。

私が病院についたのはその3時間後。

正直目一杯飛ばしてきたのでへとへとでした。でもそんなことは言ってられません。

帝王切開がその日のうちに決まり、手術は翌日。

面接時間ぎりぎりまで妻と一緒にいました。

明日の朝が今生の別れになってしまうかもしれないと本気で思いました。

一晩中付き添っていたかったし仮設のベッドも持っていましたが、妻に諭され一度は家に帰ることにしました。

翌日。

面会時間ぴったりにやってきた私はストレッチャーに乗せられて手術室に向かう妻を見送りました。

手術は11時から。出産には2時間ぐらいかかると言われていました。

11時半に実父母が駆けつけてくれましたが、時間がかかるので食事をしてきてくれと言いました。

その約30分後。11時57分。

1490gの未熟児でしたが無事生まれました。

それまで動いていなかった手術室用のエレベーターが妻のいるフロアに止まり、しばらくしてから一階上のNICUのある自分のいるフロアに止まりました。

生まれたとの知らせは受けていませんでいたが、娘が生まれたんだと直感しました。

エレベーターから保育器が引き出されてきて、随伴の看護師がフロアを見渡し私と目が合います。

私は何度も頷き駆け寄って娘の顔を見る事が出来ました。

そのまま娘はNICUに運ばれて行きました。NICUは両親以外は親族でも実子でも進入禁止なので父母には悪いことしました。

妻はそのあと1時間ぐらいしてから病室に戻ってきました。

朦朧とはしていましたが呼びかけに対しサムズアップで応えてくれました。

妻と二人で娘に面会できたのはその翌日。

しわしわでした。仕方の無い事でしたが、口元にはチューブが差し込まれ体中にテープを巻かれた痛々しい姿でしたが、生まれたことに二人で泣きました。

それから娘は新生児室のNICUで保育器に入って過ごしました。

仙台赤十字病院で生まれたので急ぎ太白区役所に向かい出生届を出しました。

おお、おめでとうございます、と当直のおっさんに言われたことを覚えています。届け出に来たのが日曜日だったせいか、受付は出来るけど受理は出来ないからもう一回来てね、と言われました。

私と妻は一日毎に病院に通い、娘に母乳を届け授乳を行いました。

泣いては驚き、触っては喜びと二人で娘の誕生を喜びました。

仕事の都合や体調の問題で病院に行けないときは二人で煩悶として過ごしました。

初めて家に娘がやってきたのは8月15日。

初めて乗った乗用車(HONDA FREED HYBRID!)ではすやすやと寝てくれていました。

それからが大変。

2時間ごとに起きては泣いて、寝ては泣いてを繰り返しました。

私も仕事を転職して収入は減ってしまいましたが近くの通える会社にして、何時でも娘の調子を見れるようにしました。

流石に妻は参ったようでしたが、私は大変ではあったけど辛いと思ったことは無いと妻に告げると驚きとともに落胆もしたそうです。

“私は辛いと思ってた、ダメなのかなと”

そんなものは人それぞれで、当人にとって辛いモノであればそれは辛い事なのだと。

子育ては杓子定規で済む話ではない。やってみなければわからない事の方が多いのだと。

24時間泣いてるわけじゃないし、おっぱい飲ませておけば泣き止まなくても死にはしない。

そう偉そうに諭したこともあります。

子育てでは母親の精神的疲労が大きな問題だと思いますが、泣いてから対応するから慌てたり動揺するのだと思います。

泣いたらまずおむつを替えておっぱい飲ませて着替えして、あやして寝なけりゃベッドに寝かせて泣いても様子見。

これが出来うる全ての事だと思います。

このルーチンを鉄の意志で遂行できると心も多少は余裕が出来るのではないかと考えています。

色々な雑誌にも書かれていますが、赤ちゃん特有の夜泣きや泣き止まないといった事象は「特に条件が定まっていない」そうです。

つまりは泣きたいから泣いていると言う事らしいのです。

なので、顔が青ざめたり呼吸が苦しそうだったりぐったりしていたりという状況で無ければ(もちろんそんな事態はすぐに救急車を呼ぶべきですが)特に出来る事も無いし、様子見でも問題はないと言う事の様です。

女性は本能的に泣き声を無視できない様に出来ているという話をどこかで読みました。

乳児の泣き声を聞いて動揺したり、慌てたりするのは仕方の無い事のです。

が、結論から言えば、泣き止まないからと言ってあれこれ考え消耗する必要は無いのだと言う事です。

 

変わって私の話ですが、娘のお目通しも一通り終わり無事に年越しできたと思ったら鼻炎をこじらせ副鼻腔炎になりました。

続いて職場からインフルエンザを貰い、何と娘に移してしまいました。

これには堪えた。

正直舐めて掛かっていました。

娘の苦しそうな顔が今でも目に浮かびます。

病み上がりではありましたが妻と娘を連れて子供救急センターに行ってタミフルを貰い、泣きわめく娘に薬を無理やり飲ませてくれた妻に今でも感謝しています。

そして今年の5月から妻はパートとして職場に復帰し、娘は保育園に通うようになりました。

応募したのは3月も終わりの頃で正直空いてるところはどこもないかもと覚悟したのですが、運よく自宅から歩いて5分の新築の保育園から連絡があり、晴れて入園出来ました。

名取市民会館での入園式を終えていざエンジョイ保育園ライフ!と思っていたらそうはい神崎。

園内で色々お土産を貰う事もあり、中々体調が安定しません。

汗っかきなのであせもから来る肌荒れとアトピーと思えるような湿疹もあり、正直前途多難です。

薬をカワチ薬品で買い漁り、週末は西松屋とバースディを往復する毎日ですが、それでもここまで来ました。

今、妻と娘は大の字で隣に寝ていますが、これが何とも愛おしい事。

それが今や玄関を出たら今生の別れになってしまったというニュースが蔓延る毎日に心を痛めています。。

家族は大事にしなければぁ、と痛切に思います。

初物 による 病気, 子育て, 家族 への投稿 (2019/06/02)

LGBTって次世代戦車の名前みたいだな。   Leave a comment

仕事はちゃんとしていますよ本当ですよ初物ですこんにちは。

朝のニュースで同性の結婚が出来ず平等じゃないとか、LGBTの権利がーという話題が多いこの頃。正直浅学菲才の身としては彼らが何を言っているかがわからない。

性別って地球上には二種類の性別しかないし、性別を分けるモノは肉体というか性染色体しかないと思うし、両性具有は性別を指す言葉じゃないと思う。中性的、という文学的な表現はあるけどそもそも性別はプラスとマイナスみたいなもんじゃない。陰陽道のパクリって怖いね。事実、彼らの主張としては自分たちの「超」少数派の性癖を認めろって事なんだろうか。

自分の性に違和感を感じる人たちは多分、精神的なモノなんだろう。個人的にはそれは性別ではなく個性であると思う。

彼らは「法の下の平等」を叫ぶが、法治国家において法が規定していないことに関しては自由でも平等でもないと思うのだ。不平等を謳うならまず国を訴える前に法を変えるべきだと思う。何しろ法にLGBTの規定がないからだ。

そしてその超少数派の人たちを珍しいからと言ってメディアがさもメジャーな考えのように喧伝する姿もあまり気持ちのいいモノではない。

ソースは忘れたが、LGBTカップルの内、破局率は非常に高いそうだ。いつぞや東京都のどこかの区で実験的に女性同士のカップルに婚姻届け相当の手続きを認めたらしいが、あっという間に分かれたとの事。しかも「異性」問題で。

結局はそう言う処に行きつくネタが多すぎてLGBT自体が眉唾物の域を出ないと考えている。ただ、LGBTを否定している訳では無く、これ見よがしに喧伝している連中が胡散臭いのだ。同性カップルが成立したとして、今よりも婚姻率は上がるだろうし経済的余裕があれば身寄りの無い子供たちを養子として引き取れる可能性も出てくるかもしれない。そうなれば僅かでも行政の負担も減るし効率的にもなるだろう。

ただ確実に言えるの「同性」では絶対に子供は生まれないし、遺伝工学を駆使して子供を産んだとしてもそれは彼らの子供ではない。先に述べた養子の話も「効率」の問題なのだ。マイナスを減らすことは出来ても決してプラスにはならない。

結局の所、本人たちの事はどうでもいい。好きにしてくれ。ただ、彼らに実子にせよ養子にせよ子供が出来たとき、何と説明するか。子供たちが不幸になるような選択をするただの我儘な人種で無い事だけを祈るだけだ。

初物 による ライフ, 子育て, 家族, 徒然なるままに。 への投稿 (2019/04/17)

初物、人生初めてインフルエンザと診断される。   Leave a comment

娘も生まれて初めてインフルエンザに罹患していると診断されました。
戦犯、σ(゚∀゚ )オレ
さっさと病院に行かなかった自分が申し訳ないやら悲しいやらバカさ加減にあきれるやらで、嫁さんが今のところ発病してないだけで申し訳なくて涙が出てくる。

自分の子供が熱を出したと必死になる親の気持ちと、
一寸の事でも押し掛けてきてターンとHPを奪っていく親に対する医療スタッフの気持ちと
家族は本当に大事だなぁ
と実感する発病後5日後。

相談センターに電話したら赤ちゃんは体温40℃やそこいらで死んだりしない!と力説された。
水分補給と体の直接冷却さえしていれば何とかなる!と気合を入れられた。
本当にその通りだなと思った。

初物 による 病気, 子育て, 家族 への投稿 (2019/02/12)

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二人の子育て   Leave a comment

お母さんの負担を少しでも減らそうと、スマホアプリを導入したり、積極的におむつ交換や抱っこをしていた。

お母さんの役に立っていると思い込んでいた。

やれご飯の量だの寝る時間だの色々喧しく言い過ぎてしまった。

役に立っていると思い込んでいた。

いつの間にか度が過ぎて、父ちゃんは正しいと思い込んでしまった。

ぜんぜんそんなことないのに。

お母さんの自信を失わせてしまっていた。

とても反省している。

二人でちょくちょくはなしをして、何が問題だったのかをちゃんと言葉に出すように努めた。

今夜はミルクに頼ることなく二人で寝かしつける事が出来た。

おかあさんありがとう。

やっぱりお母さんじゃないと子育ては大変なんだなと思った。

初物 による ライフ, 子育て, 家族, 徒然なるままに。 への投稿 (2019/01/11)

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みどりいろのうんち   Leave a comment

お父さんになって早3ヶ月が経とうとしている初物ですおはようございます。

ちゃんと仕事してますよ本当ですよ。

最近、娘ちゃんがおおきくなってきました。

それはうれしいのですが、ここの所うんちがうまくでてこないのです。

前は一日3~4回ぐらいは出ていたのに、ここ数日は一日1回か2回。

とうちゃんかあちゃんはとてもしんぱいしています。

色々ネットから情報を仕入れるも緑色のうんちもとりあえずは問題なさそうなので安堵致すところ。

滞留するとうんちは緑色になるそうですが、消化器の関係なので普通の事なのだそう。

そんなことを言っても、3ヶ月目の若葉マーク夫婦では堪えるところ。

綿棒浣腸もおかあちゃんがしてくれているようですがなかなか。

便秘気味のところまで父ちゃんに似なくてもよかったのに。

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