南相馬市小高区:避難指示区域を行く。   Leave a comment

僕はSNS「mixi」に登録しているのだが、マイミクからの要請で南相馬市以南の現在について調査してきた。

小高区には遠縁だが親戚もいるので様子を見るにはいい機会だった。

燃料は地元のガソリン事情が安定してきたので、心配することなく給油することが出来た。

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相馬市の磯辺から海側を眺める。太平洋沿岸の地域はどこも似たり寄ったりの景色だろう。

自衛隊や災害復旧の民間ボランティアが現地で活動しており、復興の兆しが見え隠れするが・・・

如何せん広大すぎる。

南相馬市鹿島区変電所前から相馬方向。
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国道六号線は海からずいぶんと離れているのだが、ここまで波が押し寄せてきたようだ。傍らには漁船が横たわり、山の斜面に刻まれた喫水の線がすさまじさを物語っている。傍らの警察の人たちに笑顔は無い。

南相馬市原町区北泉
CIMG0284CIMG0283CIMG0286目を覆う惨状だ。ありとあらゆる構造物が押し流され瓦礫に埋もれている。

東北の湘南と歌われた海水浴場もレストハウスは流され、砂浜は海に沈んだ。

発電所も津波に襲われ、止まったままだ。

海が全てを飲み込み、瓦礫が全てを覆った。誰を恨めばいいと言うのだろうか。

道路は細々と復旧しつつあるが、この公園の再開は・・・暫く先だろう。

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駐車場にぽつんと置かれた位牌。

誰のものかはわからない。

この家族は助かったのだろうか?

 

 

ひたすら瓦礫。瓦礫。瓦礫・・・。
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海岸駐車場と公園を結ぶコンクリート製の歩道橋が実に100m以上も流されていた。

何トンあるのだろうか。津波は重さ等と言う概念なぞ知ったことじゃなかったんだろうな。

南相馬市原町区菅浜地区付近。
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ここは農道ではない。立派な舗装道路だった場所だ。

いまだに警察や消防が重機を使って捜索活動をしていた。

津波は勢いそのままにアスファルトさえも根こそぎ削り取っていった。

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ここまで来てついに通行不能になってしまった。ここからは国道六号線よりの南下を目指す。

磐城太田にてついに避難指示区域の通行止め案内が出ていた。

写真を撮り忘れてしまったのでここの画像はない。

小高の町のほうから運送会社のワゴン車がやってきて、これ以上は危ないよ、道路も寸断されてる、と教えてくれた。

北のほうからも大型トラックがやってきて、山のほうの道は健在だけど、どうするんだい?と聞いてきた。

ビビッてたらそもそもバイクで来ませんよと挨拶を交わし別れた。

県道を通り、町の反対側からの進入。
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町はゴーストタウン化しているのかと思っていたら、たまにおじいちゃんが自転車に乗って通ったりしていて人が完全にいなくなったわけではないようだ。

だが、崩れた家屋や危険な状態の道路がそのまま放置されており事態の重大さを物語っている。

誰もいないし、誰かも分からない。

目の前を通った人物が泥棒であったかも知れないし、泥棒め!といわれればそれを否定する材料が僕には無かった。

疑心暗鬼のままゆっくりと町の中を移動する。

多くの学生が通り過ぎては賑わっていたはずの駅前通り。
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ふと目をやると道路に砂が浮いている。

・・・・・・・・・・・。
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駅の反対側は別世界だった。人々が避難し、誰もいなくなった土地。物音一つしない。

放棄された小高区役所
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簡易テントは傾き、ひっくり返っていた。
炊き出し用だったにちがいない資材が放置されている。
中を覗き込んでいると小高の土地改良区の職員が車に乗って敷地に滑り込んできた。
地震の被害にあった貯水池等を施設を現地調査しているらしい。
「どこからきたの?」
「相馬市です。連絡の付かない親戚を探しに来たんですが、誰もいません」
「この辺は避難指示出ているからわからないよ。相馬市に出先が出来てるみたいだが」
「そうですか。じゃあ、戻ってみることにします」
「気をつけてな」
「ありがとうございます」
バイクに跨り、無人の小高を出る。
南相馬市はいわき市と並んで原発災害の最前線だ。
山で守られてもいないから、モロに放射性物質の影響を受ける。
実際の放射線障害よりも風評被害のほうが重大なのは皮肉な話だ。
南相馬市のディーラーに車検の段取りを聞きに行った。
表には臨時休業との張り紙が出ていたが、中の人は応対してくれた。
車検をいつ受けられるかの話をすると“パーツやケミカルを運ぶトラックが風評を聞いて輸送を拒否しているからいつ再開できるか分からない”そうだ。
ここだけじゃない。
ファーストフード、ファミレス問わず、目に映る食堂関連は全て閉まっていた。
町内のガソリンスタンドも人がまばらですぐに給油できるのは皮肉な話しこの上ない。
となりの鹿島区でもガソリンスタンドは営業しており、とりあえずはガソリンの心配は少なくなってきたかもしれない。
大手のスーパーマーケットやDIYショップはほとんどが閉まり、個人商店も営業しているところはまばら。
鹿島区の境にあるダイユーだけは開いていた。
ただ表が開いているだけじゃないのかという場所もあった。
学校と言う学校は校門こそ開いているものの人気は無い。
原町自動車学校では教習車が動いていた。相馬の東部自動車学校も営業しているらしい。
そうか、LPGだから問題ないのか。
町を抜け、相馬に帰る。
幾台もの警察車両とすれ違い、埃っぽい生臭い空気を吸いながら家路に。
鹿島区のセブン脇にあるGSでクレジットカードを使って給油しようとしたら「カード会社のご都合でご利用できません」だそうだ。
別なクレジットカードはしっかりと使えたので、引き落とし出来なくて停止されたのかも。
お金ないなぁ。
相馬に戻ってきて、幸楽苑で餃子とラーメンを食べた。久々のご馳走だ。
凄くおいしかった。お客も長蛇の列だった。
マクドナルドも営業しており、女子高生(なぜ男子がいない?)や家族連れでごった返していた。
普通の週末みたいだ。
道路一本それると地獄絵図とは思えない、そんな非日常的な一日でした。

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